大阪高等裁判所 昭和48年(ネ)1861号 判決 1975年3月27日
控訴人 甲野一郎
右訴訟代理人弁護士 吉原稔
被控訴人 服部曠
被控訴人 有限会社日星興業
右代表者代表取締役 服部曠
右両名訴訟代理人弁護士 北川和夫
主文
原判決中控訴人敗訴部分を次のとおり変更する。
被控訴人らは各自、控訴人に対し金一〇万円およびこれに対する昭和四七年七月七日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
被控訴人有限会社日星興業は、読売新聞およびサンケイ新聞の各滋賀版に、縦六・五糎、横五・二糎の枠組で各一回別紙(一)記載の文面の謝罪広告を掲載せよ。
控訴人のその余の金員請求、右認容の程度をこえる謝罪広告の主位的請求と同予備的請求を棄却する。
訴訟費用は、第一、二審を通じこれを二分し、その一を被控訴人らの連帯負担とし、その余を控訴人の負担とする。
この判決は、第二項の金員支払を命じた部分にかぎり、仮に執行することができる。
事実
控訴代理人は「一、原判決中控訴人敗訴部分を取消す。二、被控訴人らは各自、控訴人に対し金六〇万円および六五万円に対する昭和四七年七月七日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。三、(主位的請求)被控訴人両名は連名にて、朝日新聞、毎日新聞、読売新聞、サンケイ新聞の各滋賀版に、各二回にわたり、縦六・五糎、横五・二糎の枠組で、別紙(二)記載の文面の謝罪広告を掲載せよ。(予備的請求)被控訴人両名は連名にて、右各新聞の滋賀版に、各二回にわたり、縦六・五糎、横五・二糎の枠組で、別紙(三)記載の文面の謝罪広告を掲載せよ。」との判決を求め、被控訴代理人は「本件控訴および当審で追加された予備的請求を棄却する。訴訟費用は第一、二審とも控訴人の負担とする。」との判決を求めた。
当事者の主張および証拠の関係は、次に付加するほか、原判決の事実摘示と同一であるから、これを引用する。
一、控訴代理人は、請求の原因として、次の主張を付加した。
(一) 被控訴人有限会社日星興業には就業規則がなく、したがって懲戒に関する定めもない。懲戒解雇をなしうるためには、就業規則に解雇事由が列挙されなければならず、その定めのない解雇は無効であるから、その点においてすでに本件解雇は無効である。
(二) 被控訴会社に乙第一号証のような就業規則があったとしても、そのなかに「懲戒委員会の議を経てこれを行う」(懲戒規定一)、「懲戒委員会は次の通り構成する 経営者、部課長、従業員代表」(同九)、「懲戒を受ける者の弁明は委員会に於て審議する」(同十)との手続が定められているのに、被控訴人らはこれらの手続を履践せず、一方的に控訴人を解雇したものであるから、本件解雇は違法かつ無効である。
(三) 仮に、本件懲戒解雇が有効であるとしても、なお、本件解雇をした旨の新聞広告が控訴人の名誉を毀損したことに変りはなく(そもそも解雇されたということ自体が人の名誉にかかわることなのであり、控訴人に不誠実行為あるいは会社の体面を汚す行為があったか否か、解雇が有効か否かは、名誉毀損による不法行為の成否とは関係がない。まして、不誠実行為、体面を汚す行為によって懲戒されたとすればなおさらである)、そして、謝罪広告は民法七二三条の「適当なる方法」の一つであって、その具体的方法については裁判所の裁量が働きうるものであるから、単純に謝罪の意思を表明する広告であっても、控訴人の名誉回復に役立つのであれば認められるべきである。しかし、原判決がいうように、事実の訂正を含まぬ謝罪広告が認められないものであるならば、「解雇理由が、単に会社の信用に疑いを抱かせたということだけであるのに、控訴人が破廉恥罪を犯したかのごとき誤解を与える文言を掲載したのは遺憾である」旨の謝罪広告が命じられて然るべきである。よって、予備的請求として、別紙(三)記載の文面の謝罪広告を求める。
二、被控訴代理人は、控訴人の右(二)の主張に対して、次のように答えた。
仮に本件解雇手続に控訴人主張の瑕疵があったとしても、解雇を無効ならしめるほどの重大な瑕疵ではない。
三、証拠≪省略≫
理由
一、控訴人が、昭和四五年六月二一日被控訴人服部曠が代表取締役をしている被控訴人有限会社日星興業に入社し、ブルドーザー運転手として勤務していたこと、同四六年一一月被控訴会社が京都市伏見区の京都市浄水道工事のうち土砂取り工事を下請けし(浄水道工事全体を請負ったのは株式会社間組であり、同社から株式会社太田組が右工事を下請けし、そのうちの一部を被控訴会社が再下請けしたもの)、控訴人は被控訴会社から派遣され、右工事の現場でブルドーザー運転手として働いていたところ、同月二四日右太田組の現場監督田崎一徳に対し「この仕事は被控訴会社には無理だと思う」と云ったため、被控訴人服部が、控訴人の右発言は被控訴会社に不利益な言辞を元請先に伝え、被控訴会社の信用を傷つけ体面を汚したものであるとして、即日控訴人を懲戒解雇したこと、その後、被控訴人服部が被控訴会社名で、同年一二月二三日付サンケイ新聞朝刊の「大津ニュース版」に縦六・五糎、横五・二糎の枠組で別紙(四)の内容の、同月二四日付読売新聞朝刊滋賀版に縦六・八糎、横五・五糎の枠組で別紙(五)の内容の、各新聞広告を掲載するとともに、それと同じ趣旨の文面を活版印刷した葉書をそのころ滋賀県内の多数の土木業者にあてて郵送したことは、当事者間に争いがない。
二、まず、右懲戒解雇が違法、不当であるとの主張について判断するに、懲戒解雇にいたった経緯については、次に付加、訂正するほか、原判決の事実認定(原判決一〇枚目表八行目から一四枚目裏一行目までの記載)のとおりであるから、これを引用する。
(一) 原判決一〇枚目表九行目の「原告本人の尋問結果」の次に「(原、当審)」を、同一〇行目の「一部」の次に「ならびに被控訴人服部本人兼被控訴会社代表者の尋問結果(原、当審)」を、各そう入する。同一〇枚目表末行の「小規模」の次に「(四六年一一月ごろの従業員は二五人位であった)」をそう入する。
(二) 原判決一〇枚目裏九行目の「雇われたものである。」を「雇われたものであり、同四六年一一月当時三九才位であった。」と改める。
(三) 原判決一三枚目表三行目の「現場に」から同六行目の「べく、」までを「土砂を積込むダンプカーは来ているのに、被控訴会社の責任者がまだ現場に到着していない等仕事の段取りがよくないことに立腹し、丁度ブルドーザーに給水中であった」と改める。
(四) 原判決一三枚目裏末行の「原告の自家用車の自動車損害賠償責任保険金」を「控訴人の自家用車(被控訴会社の業務に使用していたもの)の自動車損害賠償責任保除の保険料」と改める。
三、当裁判所も、右認定の事実によると、控訴人の問題の言動は被控訴会社の信用を毀損したものと思料する。その理由の詳細は、原判決一四枚目裏二行目から同一五枚目表九行目の「認められ、」までの説示と同じであるから、ここにこれを引用する。そして、被控訴人らが提出した乙第一号証(その文面と被控訴人服部本人兼被控訴会社代表者の当審における尋問の結果とにより、被控訴会社の就業規則であると認められる)および右被控訴人尋問の結果とによると、被控訴会社にはその設立の当初から、所轄労働基準監督署長に届け出られた就業規則があり、その懲戒規定の四に「懲戒解雇の基準は次の通りとする」とあり、その(チ)として「業務上重大なる機密を漏し若くは漏そうとした時又当社の信用を著しく傷け損害を与えた時」と規定されていることが認められるから、控訴人の本件言動は、被控訴会社にあっては就業規則上懲戒解雇事由ある場合に該当することになる。
四、しかしながら、右乙第一号証によると、被控訴会社の就業規則には、右の規定とあわせて懲戒解雇の手続についても規定されており、それは「懲戒(譴責、減給、出勤停止、懲戒解雇)は懲戒委員会の議を経てこれを行なう」(懲戒規定の一)、「懲戒委員会は、経営者、部課長、従業員代表でもって構成する」(同九)、「懲戒を受ける者の弁明は懲戒委員会において審議する」(同十)という趣旨のものであることが認められるところ、前記認定事実によっても前掲の当審における被控訴人尋問の結果によっても、本件懲戒に際してこれらの手続が践まれていないことが明らかである。およそ、就業規則が制定され、その中に懲戒の手続が規定されているかぎり、それは使用者を拘束するものであるから、その手続を経ないでなされた本件懲戒解雇には、右就業規則の懲戒規定に違反してなされた瑕疵があるといわなければならない。進んで、これを実質的な観点から検討すると、乙第一号証の就業規則には、被用者に懲戒事由に該当する事実があっても「特に情状酌量の余地があるか又は改悟の情が明らかに認められる場合は懲戒を軽減し或は之を免ずる事がある」(懲戒規定の五)と定められているところ、前記認定の事実および前掲各証拠によると、控訴人が問題の発言をした発端は、被控訴会社の仕事の手順の不手際にあり、これを元請の現場監督である田崎が被控訴会社の一介の被用者に過ぎない控訴人に向ってそれもかなり強い調子で非難したことに誘発されて、控訴人の本件発言となったのであって、その際、控訴人にことさら被控訴会社の信用を毀損しようという積極的な意思はなかったことが認められるから、このこととその後の控訴人の態度如何によっては、もし被控訴会社において就業規則所定の懲戒委員会なるものを開いて審議していたならば、あるいは懲戒解雇を免ずるとされる可能性も十分にあったと考えられる。そうすると、本件懲戒解雇は、単なる手続違反の瑕疵があるというだけにとどまらず、控訴人の権利を実質的に害したものと解すべきである。したがって、控訴人のその余の主張について判断するまでもなく、本件懲戒解雇は不法に控訴人の権利を侵害したことになり、結局、被控訴人服部は民法七〇九条により、また同被控訴人は被控訴会社の代表取締役で本件解雇はその職務の執行としてなされたものであるから被控訴会社は有限会社法三二条、商法七八条二項、民法四四条一項により、控訴人に生じた損害を賠償する義務があるというべきである。そして、前掲各証拠によると、本件解雇により、控訴人は突然収入源を失い、精神的苦痛を被ったと認められるところ、前記認定の解雇にいたる経緯、ことに控訴人に一応懲戒解雇事由に相当する言動があったこと、その後、被控訴会社から解雇手当の名目で賃金の三〇日分を受取っていること、その他諸般の事情を考慮すると、控訴人の右精神的苦痛を慰藉すべき金額は一〇万円をもって相当と認める。
五、次に、前記一の新聞広告および葉書の郵送が控訴人に対する不法行為を構成するか否かについて判断するに、被控訴人らが右新聞広告をし、葉書を郵送するにいたった経緯、右新聞広告等の文面の読者に与える印象、それらが控訴人に及ぼした影響等については、次に付加、訂正するほか、原判決の事実認定(原判決一八枚目表八行目から同二〇枚目表四行目までの記載)のとおりであるから、これを引用する。
(一) 原判決一八枚目表八行目の「右争いのない事実」から同一〇行目の「前記第一認定事実」までを「前記一の争いのない事実と前記二で引用した原判決認定の控訴人解雇にいたるまでの経緯に、前掲の控訴人本人、被控訴人服部本人兼被控訴会社代表者の各尋問結果(原、当審。ただし、控訴人の当審における尋問の結果についてはその一部)」と改める。
(二) 原判決二〇枚目表三行目の「認められ、」の次に「控訴人の当審における尋問の結果のうち右認定に反する部分は採用せず、」をそう入する。
六、そして、右に認定した控訴人の駒村に対する発言は、被控訴人らの名誉、信用を害するものであり、控訴人が他でも同様のことを云い触らすときは、被控訴人らの信用を失わせ、ひいては被控訴会社の経営に重大な影響を及ぼすおそれがあると考えられるから、被控訴人らがその信用を擁護するため何らかの適切な措置に出ることは是認されて然るべきである。しかし、本件の新聞広告、葉書のように、読む者をして控訴人が極めて重大な不正行為をし、そのために懲戒解雇されたかのような印象を与える文章を一般に公開し、あるいは流布せしめることは、控訴人のした被控訴人らに対する名誉、毀損の程度(控訴人が駒村以外の者に対して同様の発言をしたことを認めるに足る証拠はない。前記認定の大津警察署からの呼出しの件も、それが控訴人の通報によると認めるに足る証拠はない。駒村に対する発言も、就職を依頼に行った際の雑談としてなされたものであって、それだけで被控訴人らの社会的評価を決定的に失わせるというほどのものとは認められない)と対比して、余りにも控訴人の名誉、信用を毀損する程度が甚し過ぎ、被控訴人らの名誉、信用を擁護する手段としてはその限度をこえているものであって、不法に控訴人の名誉、信用を毀損したものといわなければならない。まして、その懲戒解雇が違法と評価されるにおいては、尚更本件新聞広告等の違法性は明らかである。したがって、被控訴人服部は民法七〇九条により、被控訴会社は被控訴人服部が被控訴会社の代表取締役としてなした本件各行為につき有限会社法三二条、商法七八条二項、民法四四条一項により、各自不法行為責任を負うべきである。そして、右認定の事実と≪証拠省略≫とによると、本件新聞広告等により、控訴人は、その名誉感情を害されたうえ、生活上有形、無形の不利益を受け、しかもこの不利益は現になお残っていると認められるから、これによる控訴人の精神的苦痛を慰藉するために被控訴人らに相当額の慰藉料を支払わせるほかに、右不利益を除去するのに適切と思われる謝罪広告を命ずるのが相当である。
七、慰藉料額については、前記五で引用した原判決認定の事実、ことに本件新聞広告等が控訴人に及ぼした不利益、控訴人にもそれを誘発する被控訴人らに対する名誉毀損行為があったこと、その他本件弁論に顕われた諸般の事情のほか、後記の限度で謝罪広告の請求を認容することをも考慮して、当裁判所も原審認容の二五万円をもって相当と認める。
八、控訴人の名誉を回復するのに適当な処分(民法七二三条)としては、本件名誉毀損行為の態様に照らし、被控訴会社をして、読売新聞、サンケイ新聞の各滋賀版に各一回、縦六・五糎、横五・二糎の大きさで、別紙(一)記載の文面の謝罪広告を掲載せしめるのをもって妥当と考える。控訴人の謝罪広告に関する請求中、被控訴人服部に対する主位的請求および予備的請求ならびに被控訴会社に対する主位的請求中右をこえる部分および予備的請求は、いまだその必要を認め難い。
九、弁護士費用の請求に対する当裁判所の認定判断は、原判決二三枚目表一〇行目から同裏五行目までの説示と同じ(ただし、同裏一行目から二行目にかけての「本件名誉毀損行為による損害賠償の請求に伴う損害」を「本件各不法行為による損害」と改める)であるから、これを引用する。
一〇、そうすると、控訴人の本訴請求は、被控訴人ら各自に対し金四〇万円およびうち三五万円に対する本件訴状送達の翌日であることが記録上明らかな昭和四七年七月七日から支払済みまで年五分の割合による遅延損害金の支払と、被控訴会社に対し前記八の謝罪広告を求める限度で理由があり、その余は失当であるところ、原判決は被控訴人ら各自に対し金三〇万円とうち二五万円に対する遅延損害金の支払のみを認め、その余は棄却したものであって、右棄却部分は一部不当であるから、これを右に述べた趣旨で、被控訴人ら各自に対し金一〇万円とこれに対する昭和四七年七月七日から支払済みまで年五分の遅延損害金の支払と、被控訴会社に対し主文第三項掲記の謝罪広告の掲載を命じ、その余を棄却することに変更し、訴訟費用の負担につき民訴法九六条、九二条、九三条を適用して主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 前田治一郎 裁判官 荻田健治郎 林泰民)
<以下省略>